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魚とレモン

日本学術会議 「食の安全と社会」シンポジウム(2019年10月5日開催)

会場からの質問への各講演者の回答

 

(回答者:澁澤、田村、塚谷、西澤)

*主に会場にて口頭で答えられなかったものへの回答です

*日本学術会議の正式見解を記載しているものではありません。

Q1 福島第一原子力発電所で発生した処理水の海洋放出が取り上げられています。風評被害を拡大しないために、これまでの経緯を踏まえて、海洋放出を採用すべきかどうかの議論に、どのようなことを考慮する必要があるでしょうか。

回答者:澁澤

 

講演1:東日本大震災における風評被害

A1 ご質問、ありがとうございます。調査を進めると、処理水の海洋放出の是非という技術の問題ではなさそうです。すでに処理水の安全基準は満足されているので、国内外の原子力発電所と同じように海洋放出しようとしたら、漁業者や住民から不安の声があがり、マスコミも取り上げました。処理水の海洋放出問題は、震災復興の全体像に関する合意問題の一部になっていました。2018年12月21日に開催した公開シンポジウム「東日本大震災に係る食料問題フォーラム」では、東京大学総合防災情報研究センターの関谷直也准教授が、漁業関係者や消費者を対象にした調査報告にもとづき、鋭い問題提起をしました。「汚染水処理の問題は、単なる科学的安全性の問題でもなければ、消費者の不安を解消するためのリスクコミュニケーションで解決できる問題ではない。震災後8年を経過してもなお復興の途上にある福島県に更なる追加的な悪影響をもたらすことになるのではないか、それが福島県の漁業復興に決定的な悪影響をもたらすのではないかという極めて深刻な問題なのである」と述べました。詳しくは学術の動向7月号(2019、学術協力財団発行)をご覧ください。

Q2 被災地支援のために直接または間接に多くの税金、私たちが納めた税金、がつぎ込まれています。風評被害がなくなれば、これらの多くは、もっと他のところに利用できたはずです。これは国力の低下を招く、国益に反することだという議論は起きないのでしょうか。

回答者:澁澤

 

講演1:東日本大震災における風評被害

A2 確かに、風評被害がなければ、その対策が不要になり、効率的に被災地の支援ができると思います。しかし、情報不足や悪意のない誤解から、風評が広まることもあります。その場合は、正確なデータや情報に基づいて安全性を理解し、不安の原因を相互に理解する対話により、人々の納得を通じて風評を克服する必要がなります。このような対話は、信頼関係を深め、復興を進める力にもなります。ご指摘のような、風評被害を直ちに国益の議論に結びつけるのは、いささか飛躍と思います。

Q3 「科学的データに基づく安全性に信頼を寄せる新しい消費者」とはどのような属性の人たちなのか、科学を信頼しない人たちを信頼する側にもって行く方法はないのでしょうか。

回答者:澁澤

 

講演1:東日本大震災における風評被害

A3 講演でも触れましたが、放射性物質の食品汚染に対して、最初に、素性が明らかな安全である農産物を購入してもらったのは、妊婦さんやアレルギーの子供を抱える母親でした。食べ物の安全性に感心があるといっていたそうです。同じような経験は東京の府中市でもありました。アレルギーの子供をもつ母親が、農家の直売所にやってきて、本当の有機農産物を要求したのです。その母親は、デパートの無農薬農産物であっても子供が反応したとのこと。そこでその農家は、本当に農薬と化学肥料を使わず、従って虫食いだらけの農産物を提供しました。その結果、子供にアレルギー反応がでなかったと母親は感謝し、常連客になりました。いまでは虫食いもだいぶ少なく良質の野菜を提供できるようになっています。

また、科学を信頼しない人たちに信頼してもらうには、信頼してもらうに足る体験をする機会を増やすことだと思います。信頼を強要しても、本当の信頼は獲得できません。

Q4 忘却も必要であるという意見もあるが、毎年フォーラムを開いてこられたのはなぜなのか。また、この意見にはどのように対応してきたのか。

回答者:澁澤

 

講演1:東日本大震災における風評被害

A4 毎年、続けたらよいのかどうか迷いながら、やはり続けています。理由は、地元の業者が求めているからです。フォーラムの対象は、農業者、農協、漁協、生協などの食料を供給する事業者です。互いに悩みや困難の情報を共有し、それぞれ孤立しないで協力して努力しようという思いがあります。この思いに対して、科学者として応えたい気持ちで続けてきました。対外的な提言や宣言などは発表せず、それぞれの科学者のおかれた立場で、意見を反映させてきました。回答者の場合、農林水産省の農業復興支援事業の企画運営に係わり、生産者から消費者までを対象にする復興プロジェクトの推進などに反映しました。いままで、販売まで射程にいれた農業生産プロジェクトは大変少なかったのです。

忘却も必要であるという意見に対しては、次の世代に何があったのかを正確に伝えるため、記憶に残して震災と向き合うことが大切であると思う人々が存在していることを述べて、異なる意見の共有行動を発信していきます。

Q 帯広市の畜産関係者からウシのウンチが腐らないと、数年前に聞いたことがあります。そんなウシの牛乳を飲んだり肉をたべても大丈夫なのか?と心配になったことがあります。

回答者:田村

 

講演2:食用動物における抗菌物質利用と耐性菌

A そのような話を聞いたことがありませんが、ウシに投与する抗生物質によりウシの糞便に抗生物質が残留したとの想定でお答えします。ウシに規定量の抗生物質を投与してから、いつまで可食部位(牛乳や肉など)に残留するかは薬を申請するときにデータを提出しています。残留基準値から出荷できない期間が定められていますので、市販される牛乳や肉は基準値以下の抗生物質しか含まれず、食べても健康に影響することはありません。

Q1 科学技術はますます発展し、理解が難しくなっている。市民はどこまで理解しなければいけないのか?「理解し、自ら選択する」のが理想かも知れないが、限度があるように思う。「理解せず、不当に(本当は安全で恩恵が大きいのに)反対する」「(本当は不要でメリットは少ないのに)賛成する」ような事態に、どう対処すべきか?

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A1:答は難しいですね。今実用化されている科学技術だけでも、全部を理解している人はいないでしょう。昔は専門家のいうことをマスコミが伝え、それを人々が信じるという構図が単純にありましたが、専門家もまちまち、マスコミの質が低下し、ネットで虚偽の情報も流れるとなると、どうしていいか簡単には分かりません。アフリカの某国で予防接種を不当に拒否した結果、感染症が大規模流行したりといったことが起きていた事例を見ると、まずは為政者が正しい科学の知識に基づき施策を立てることがなによりも根幹かと思います。

Q2 ゲノム編集と遺伝子組換えの境界とその重複について市民向けの理解しやすい文献、webがあれば紹介して下さい。

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A2:某誌にこの関連記事の寄稿を依頼されてふと気づいたのですが、違いを強調する記事は山ほどある(ネット検索すると莫大出てきます)反面、そもそもの共通点から説明しているものはなかなかありませんね。現状の遺伝子組換えの方は、実はいろいろなテクニックの総称なので、実際の現状での違いは、CRISPR-Cas9やTALENを使うのがゲノム編集、としか言いようがありません。ただしその使い方は、日々洗練・工夫が続いており、実に多岐にわたっています。

Q3:現状のゲノム編集はプリミティブなもので、今後本格的な「編集」がはじまるとのこと、いわゆる「予防原則」ではなく、安全を担保するためには、何が必要なのか?

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A3:今後、ゲノム編集技術は急速に発展するでしょう。昔の初期の「パソコン」がいまやスマホの機能にも劣るように、今では想像もできないほどの進展を遂げるはずです。それに対しては、想像力が追いつかない以上、予防原則としての、届け出制の義務化と罰則規定くらいしか立てようがないように思っています。

Q4:ケミカルで変異導入し、選択+バッククロスとゲノム編集との違いはあるのか?どのタイプまで良しとするか、何でも良いとするかの区別が語られていないのでは?

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A4:ゲノム編集は、上の質問への回答に書いたとおり、今後、今考えているような単純な技術ではなくなるはずです。ですので、ただ1個の変異導入をするだけの従来の方法とはまったく比べられないと思います。どこまで良いかは、完全に個別論でしょう。どんなに複雑な編集をしても無害なものは無害でしょうし、ジャガイモのソラニン合成遺伝子のゲノム編集のように、ただ1個の変異導入だけでも、思いがけない効果を出すことはあります。また特許料を支払ってでもやる価値のあるゲノム編集は、今後、そんな単純なものを相手にはしなくなるはずでしょうし、複雑なものを設計して作出するのであれば、製造物の責任が生じると思います。

Q5:(ゲノム編集農産品について)もっと分かりやすく安全性について3分で説明してほしい

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A5:ゲノム編集は、それ自体はただの技術です。ですので、その産物が安全かどうかは、完全に個別によって違います。悪意を持って取り組めば、危険なものも当然作れますし、そうでなく良いものを作ろうとして安全性も試験していけば、安全です。

Q6:遺伝子組換え食品が忌避されるようになったのは科学コミュニケーションの失敗とも言うことができると思うが、その際何が問題だったのか(科学者や行政の情報の発信方法?市民の受け止め方?媒介者である報道機関?)そしてそれはゲノム編集食品では解決しうるのか。

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A6:まず遺伝子組換え食品を世に出したのは、科学者というよりは技術者です。技術者はおもに企業の中で実務にあたるので、発信の立場にないと思われます。行政は、報道機関に働きかけて、積極的に(一般的な意味でも)科学報道に力を入れるよう始動することが可能だったと思いますが、そうした取り組みがなされていません。非科学的な報道(オカルト的な報道や番組)への指導は極めて限定的ですし、海外のTIME誌、News Week誌などと比べても日本の週刊誌の科学報道は極めて初歩的な内容に留まっており、頻度もたいへん少ないと感じます。ゲノム編集についても、私は個人的に日本の大手新聞社数社の科学部に対し、より早い時期から正確な解説を載せるべきだと進言してきましたが、「遺伝子組換えよりも安全」と言ったような不正確なものしかごく最近まで載りませんでした。

なお科学コミュニケーションは日本では未だ未だ成立していません。大手テレビ局でも大手新聞社でも、科学分野の物理・化学・生物のそれぞれの専門スタッフや専門資料室は用意されておらず、記者も基本的にはほかの部署とのローテーションです。

Q7:ゲノム編集の事例で、消費者の受け入れ(受容)のためには消費者メリットが必要とのことだが、食用動物への飼料への抗菌剤添加など、消費者にはメリットがなくても生産者メリットのみで広く使用されているものもある。届け出をしても区別(表示)がされないならば、生産者側のメリットで広く使われるのではないか。

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A7:抗菌剤添加は、シンポジウムでも説明のあったように、同じ量の飼料でもよく太る、病気にならない、などのメリットがあり、そのために食肉の安値供給に貢献しています。その意味では消費者にもメリットがあります。ゲノム編集では特許料がかかりますので、安価にできるかやや疑問に思います。

また届け出をする意味は、広く使われることを阻止するためではありません。安全であれば広く使われること自体には問題はないと思います。万一何かがあった場合、追跡・検出ができるようにするための情報提供が目的です。

Q8:ゲノム編集と遺伝子組換えの違いが分かりません。「ゲノム編集」は研究途上と伺い、ゲノム編集農産品の販売を規制する食品関連法の整備をお願いしたいです。

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A8:この一連のQ&Aの2番目に書いたとおり、違いはどうとでも言える、定義の問題に過ぎません。ゲノム編集は研究途上と言うよりは、すでにある意味強力な技術ですが、今後、さらにずっと強力になるだろう、というのが私の意図でした。昔のワープロも、それはそれで完成された便利な機械でした。ですが、写真撮影機能も、インターネット通信機能も、音楽再生能力も、地図検索機能も、道案内機能もありませんでした。今皆さんが持っているスマホは、そのどれもが入っています。こんなふうにゲノム編集技術も、あっというまに高度化するだろうと思います。それを見越して、ゲノム編集農産品の管理は方針を立てるべきだと思います。

Q9:代謝のメカニズムなど全てが分かっていない、説明できないのは当然。(だから研究している)でもそれをこういう場で言うことで、ヘンにとらえられて科学者はわかっていないものを消費者に売りつけよう、食べさせようとしているとなってしまう。現在スーパーに売られているものも、なぜそんな色・形をしているかなんて全てを科学的に説明できるものなんてありません。一般市民に伝える言葉は選ぶべきだと思います。(ウソをつけと言ってるわけではないです)

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A9:開発したものを消費者に売りつけたり食べさせたりしようとしているのは、科学者ではなくて、技術者です。ここは日本ではなかなか定着しないのですが、少し前から科学者の側の主張が通って、キチンとした文書等では「科学・技術」というように「・」を間に挟んで両者を区別する語法が始まりました。私のこのシンポジウムでの立ち位置は(ふだんもそうですが)技術者ではなくて科学者なので、世の中、分かっていないものだらけだという真実を伝える責務があると思います。対して技術者は、担当する技術に関して分かっていることにしないと製造物に対する責任が果たせないので、立場が異なります。

Q10:安全性について科学的にどこまで説明すれば議論をつくされる(つくされた)という基準を作ることが難しいからこそ、安全と安心の境目がわかりにくいと思います。安全性と説明できる基準作りは実現可能なのでしょうか。

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A10:おっしゃるとおり基準というのは簡単に揺れ動く性格のものだと思います。現在、東南海地震の心配があり、建築基準についてもいろいろな議論がありますが、防災が専門の先生によると、最新の耐震基準も、実はいろいろな仮定を必要とした基準のため、実際の個々の事例で行くと、その基準を満たしていても安全が担保できないケースは多数あると言います。事実としてさえそうなのですから、コンセンサスという、人間の意識にしか立脚できない今回のような基準の場合は、簡単には定まらないでしょう。

Q11:遺伝子と代謝産物の関係性について。例えば、1つの遺伝子のノックアウトが、どれくらいドラスティックな変化をもたらす可能性があるのでしょうか?代謝産物について、まだ分かっていない部分も多いように感じましたが、変化が起きていたとしても、それを検知することができないという事態も考えられるのでしょうか?

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A11:代謝経路のネットワークは複雑ですが、重要なポイントが随所にあります。そうしたポイントを狙って変化させると、それを含むネットワーク全体に影響が及ぶことがあります。一方で、そうした重要ポイントでなければ、影響は極めて限定的に収まることもあり、場合によっては何も変化しないこともあります。変化を全て検出するのは、事実上は困難です。というのは、現在の検出機械の性能は極めて鋭敏なので、非常に多くの代謝化合物を一気に調べ上げることは可能ですが、ただし検出されたシグナル(ピーク)のそれぞれが、生物の体内にある代謝化合物のどれにあたるのかを当てていくのは、まだ必ずしも容易ではありません。日本はこの分野で世界のトップを走っていますが、それでもその段階です。極端な話で言えば、日本では2004年まで、野生の茸のスギヒラタケは古くから広く各地で食用にされてきました(ちょっと古い図鑑を見ていただくと、簡単に大量に採れる食用茸として推奨されているのをご覧いただけます)。ところが腎臓に障害がある人にとっては致死性の毒を持つことが発見され、それ以来、有毒種ということになっていますが、その成分はいまだ不明です。

Q12:アメリカのFDAの対応、市民社会の受容、有機農業団体の見解(アメリカ)、日本での有機農業の基準との関わり、特許、検討状況

回答者:塚谷

 

講演3:ゲノム編集作物のあり方について

A12:この点は専門外ですので、不確かな知識でお答えするのは控えます。日本、EU、米国など各国間での対応の違いは、名古屋大学の立川雅司先生が精緻に比較研究をされておられることを申し添えます。

A 対話とは何ですか?

回答者:西澤

 

パネル議論:社会と科学の間を埋める

Q 議論(Discussion)、ディベート(Debate)、対話(Dialogue)― 英語では3つのDというように分けますがそれぞれに違います。皆さんもなじみがあるかもしれませんが「ディベート」では相手と自分での論争をし、勝ち負けを決めます。 「議論」は幅広いですが、ディベート的なニュアンスも人によってはあります。「対話」は様々な角度から意見や価値観などを出し合い、キャッチボールすることで、どこか別の地点に到達点を見出すというところが議論とは違います。勝ち負けを決めない、双方向型の意見交換が強調されていることも特徴です。日本ではこれらの3つが「コミュニケーション」と一つに分類されがちですので分かりにくいのでは、と感じています。

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